8月19日

 シアトルで乗り換えたアラスカン航空の機体は、気づくと着陸態勢に入っていた。
 一体これで何回目のアンカレッジだろうか?8回目?9回目?7年前に初めてこの空港に降り立った時には、まさか自分がこれほど繰り返し繰り返しこの土地に訪れることになろうとは思いも寄らなかった。
アンカレッジ空港の窓ごしに、いつものように尾根に雪を抱いた麗しい山々が出迎えてくれる。眠れる女性のようであることからスリーピングレディと呼ばれる美しい山の稜線が見えている。ウェルカミングバックアラスカ!!自分自身の胸の内で叫び声が聞こえてくる。こなたの空を見るにつけ荷物を早くとりあげて、待ち受ける外の世界に飛び出したい気持ちに駆られている。もう、すぐそこに待ち受ける大自然の荒野へと、今すぐ飛び出したい気持ちを押さえるのに必死である。
 機外預けの荷物を(折りたたみ式カヤックとキャンピング道具一式の大荷物)ターンテーブルから受けとって、アンカレッジのダウンタウンにあるいつものモーテルにタクシーで移動する。アンカレッジでは、このエコノインという何の変哲もないモーテルを利用してしまうのであるが、特にまあ気に入っているわけではない。ただ安くて地理的に便利なだけである。鉄道駅、レンタカー、バスターミナルのどこへも近い。いつものエスキモー風の太ったおばさんが愛想なくレセプションをしていた。「ハーイ、ドゥーユーハヴァ、シングルルーム?トゥナイト」
 午後6時をすでに回っているけれど、ここ北の大地の首都はまだまだ明るく、あと数時間は日が続きそうだ。明日から早速、氷河の頂き目指してカヤックを漕ぎだしたいが為、今日のうちに荒野での野営生活に必要なものを買いそろえてしまおうと思う。細々としたキャンプ用品の買い足しと、それから3週間分の食料である。
 キャンプ用品の買い出しは、ノーザンライツストリートにある大型キャンプ用品店「REI」で。カートリッジ式ガスや、雨風をしのぐタープ用のブルーシートや、チャコサンダル、ソーラー式充電乾電池、サバイバルアーミーナイフ、スポーツアミノ酸などを購入。食材の買い出しは、アジア食材や自然食品などが豊富に揃っている13th AVEの「SAGAYA MARKET」へ。米10キロ、卵2ダース、スモークサーモン、オイルサーディン、パスタ5袋、タイニーオーツ食パン一袋、アンチョビ缶詰10缶、インスタントラーメン10袋、ドライフルーツ各種、ハーシーチョコレート20枚、アンズジャム1瓶、緑茶ティーパック、インスタントコーヒー、ジャックダニエルクォート瓶、味噌、醤油、砂糖、塩,、、、、。
 確認しながら持参したバックに買い出した燃料と、食料をエントランスでつめていると、テーブルに腰掛けてこちらを見ていたお兄さんに話しかけれる。「なにかキャンプツアーのガイドでもしているのかい?」と。きっと僕が買い出している食料や燃料が、グループ用のものだと思ったのだろう。「いや、これ僕一人の為のものなんだよ」僕は笑いながら答える。「そんな買い出しをして、一体何処にでかけるんだい?」「ウィティアーからカヤックに乗って、氷河の流れ出すフィヨルドを回ろうと思っているんだよ。3週間くらいの予定かな。」「わーお、そいつはいいね。グループ旅行もいいけれど、ひとりはひとりで最高だよな。ほら、グループだととにかく、みんなの足並みそろえていかなくちゃならないだろ?あれはあれで時々ストレスたまるよな。もたもたした奴を待ったりしてさ。まあ、とにかく気をつけて。特にブラックベアーが多いエリアだから。ベアーコンテナは持ったか?銃とかは持っていくのか?おれは最近、キャンプのときは、浄水器をもっていくようにしてるんだよ。こないだの週末はこんなでかいサーモンをつりあげたよ。ああそうさグレートアラスカさ、云々カンヌン」
 会話の最後に残りの買い物を済ますため、大型チャーンスーパーの場所を聞き、言われた通りノーザンライツストリートを西にずっと歩いていく。歩けども歩けども、目指すスーパーは現れない。たしか15分くらいでつくよと言っていたのに。もうゆうに30分は歩いている。確かにまっすぐ進んできたはずである。道を間違えたとは考えずらかった。
 太陽はすでに沈んでいるのだが、断続的に夏の夕日が続いている。時計は、もう8時を回っているが、街は暖かみのある光に包まれて、澄み切った空気と風がなんとも気持ちいい。背負った荷物さえ心地よく重く、なんだかどこまでも歩いていってしまいたい欲求にかられてしまう。いつしか道の景色は、森の中を通り過ぎてゆくようなワイルドなものに変わっていた。道路脇の木々は日本でなら、ちょっとした林くらいの規模で奥へ広がっている。やっぱり来た道を引き返す気になれず、残りの買い物のことはあきらめて、訳もなく道路脇をづんづんと歩き続ける。とにかく土地に慣らすように歩き続け、時々、深呼吸をするように息を大きく吸い込んだ。清涼な空気が肺の隅々まで行き渡り、それだけで力が湧いてくるような気さえした。
 とにかくまあアラスカにまたこうしてやってきたこと。なんだか体全体がそれを喜んでいるようだった。そして明日から、また旅がはじまるのだ。
 アンカレッジの西の果てにある州立公園まで結局歩き続けてしまい、タクシーを拾う機会ものがしてしまったので、モーテルまで歩いて帰ってくる。結局3時間以上歩き続けてしまった。時間はもう真夜中。大方のレストランも既に閉まっている。探すのが面倒になってしまい、近くのパブでアンバービールを飲んで明日に備えさっさと就寝する。

  氷河日記  
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