8月22日

 昨晩は、心地よい疲労感の中でぐっすりと就寝。天気は曇り。風は弱い北西風。今日もカヤックを漕ぐには、問題のない天候である。
 昨日まで陸地で、重い荷物の運搬で悲鳴をあげていたのだが、一旦カヤックを組み立ててそこにすべての道具、食料、撮影機材を積み込んで水に浮かべると、途端に陸地の力学から解放されて、僕は新しく水辺の自由を手に入れる。僕自身を入れてゆうに100キロを超える積載をしながらも、カヤックは人力だけで水の上をすいすいと進んでいく。スピードに乗り左右のパドルが抵抗なく後方に力を伝え始めた時、そのスピード感は自転車に乗っている時の感覚にも近い。目の前を無限に広がるかのように見える原野のどこへでも、いまや僕は、こうして移動して行けるのだ。好きな所へ上陸し、好きな所で野営する。水を得た魚ならぬ、ようやく水を得たカヤックである。いつもながらこれは、なかなか素敵な乗り物であると思う。
 その昔、このアラスカの土地に住む原住民たちは、木の枠組みに動物の革を張り巡らせて艇を作り、このアラスカの海岸沿いに広がる複雑に入り組んだフィヨルド群を旅していた。その艇は、ウミヤックとかバイダルカなどと呼ばれ、もちろん今ではアンカレッジの博物館でしか見られないのだが、それは自然の中から原住民たちが生み出した芸術品であり、彼らのアイデンティティーの根幹をなすものでもあった。そして同様に博物館の中に飾られる、古びた写真の中の太平洋岸のエスキモーたちが、ひどく日本人と酷似しているのを思う時、ぼくのこの旅の興奮もどこかしらで、DNAレベルの必然的アドレナリンなのだろうかしらんとさえ思われてしまうのだ。
 太平洋沿岸のかつてのエスキモーたちは、その艇を長い時間の中で芸術的に美しいものに進化させながら、日常的に生きてゆく為アザラシやラッコや鮭を捕り、勇壮なものたちはそのカヤックで、クジラにまで戦いを挑んでいたのだ。森から木々と海から動物の皮をとってきて、自身で艇を進化させていき、どこまでも遠くへ旅していった彼らはまさに、現在の僕らのような自然界からはみ出す存在ではなく、自然の一部そのものでもあったのだろう。
 いろいろなことにとりとめもなく思いをよせながら、絶えず腕を動かしパドルを漕ぎ続ける。景色が雄大すぎて陸地の近くを走らないと進んでいる感覚を実感できなくなってくる。今日は15マイル(約25キロ)ほどの距離は稼ぎたいと思う。目指すべきは、ローレンス氷河が流れ出している麓あたりまでだろうか?漕ぐ手を休めるたびに、地図を取り出してしげしげと眺める。日本でずっと眺め暮らしていた地図の中に、今自分がいることの不思議さを思う。無限の情報を含んでいた想像の中の地図は、今ではまさに現実の場として取って代わられている。この等高線の膨らみは、たしかに目の前の山裾の柔かな起伏としてそこにあり、入り江の深度を表す数字は、水の青さの濃度としてここにある。僕は、それらをパドル中の暇に任せて眺め回し、心の中で呼びかけてゆく。「おーいい、山、山、山、おーいい!こうして来たぞ。おーいい!」
 今晩は、まず撮影すべき海岸氷河ブラックストーンとの距離ができるだけ近いところでキャンプしたい。昼飯(パスタを茹でて、アンチョビの缶詰とバターをあえる)をはさんで午後もひたすらパドルワークアウト。重い荷物を積んだカヤックは、肘や手首に負荷をかける為、焦らずにゆっくり行く様に心がける。
 一艘の二人乗りカヤッカーの人たちとすれ違う。老夫婦のカヤッカーである。後ろにおじいさんがのり、前におばあさんが乗っていた。カヤック同士ですれ違う時、そのすれ違いで話すのは難しいものである。距離が離れているならば、大声で話さなくてはいけないし、そして皆、人にではなく自然と向き合い旅しているのである。なにも大声をだして話す事など実はほとんどないものである。ぼくらもただ挨拶をして、天気の事を一言二言話してそれぞれの方向へとすれ違ってゆく。正確な歳はわからぬが、ゆうに60歳を超えていたような。あんな歳になってもなお、二人でカヤックで荒野に漕ぎだしてくるというのもなかなか素敵であることよ。贅沢な時間であることよ。
 夕方6時前、目的地であるローレンス氷河の麓に無事到着。氷河の雪解け水が横に流れる気持ちのよい場所である。カヤックで簡単に上陸できるビーチの場所には限りがある。まして、水汲みの小川が近くに流れ、風をかわしキャンプに適す場所ならなおさらである。そういった場所は大概、かつて誰かが上陸したことのある場所でもある。人のかつての気配はどうしてもそこに残るものである、もちろんゴミなどをいっさい残さなくてもである。この場所にも人間がキャンプした形跡がいくつか見受けられる。そういう場所こそ、野生動物が人間の食べ物を食べた可能性もある為、用心しなくてはいけない場所でもある。
 一日中カヤックを漕ぐと後はもう、どうにかテントを設営し、どうにか食事を作って食べるほどの体力しか残されていない。熊対策の為、食料の入ったコンテナをテントから離れた場所にデポすると、寝袋の中にもぐりこんでテントのジッパーを閉める。目を閉じると体が水の上にいまだ浮遊しているようだった。それは心地のいい感触である。近くの氷河から流れ出す水の爆音が体のなかに染み渡る。あっと言う間に眠りの中に誘われる。

  氷河日記  
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