8月23日

 朝方からテントをうつ激しい雨降りで目が覚める。テントから這い出してみると灰色の雲があたり一面を覆い、視界不良。目指すべき氷河の壁はすぐそこであるが、このまま停滞し、天候の回復を待つことにする。すぐ近くに氷河が待ち受けているのに、じっとしているのはなかなか憂鬱である。南アラスカ、特に氷河沿岸の地域は天候の変化が目まぐるしい。テントの上部に雨避けのタープを張り、テントの中でひたすらじっとしているしかない。

午後太陽が高く昇り、少し小降りになった所を見計らって、撮影にでかけることにする。この野営地からBlack Stone氷河までの距離はざっと2マイルくらい(約3キロメーロル)。レインジャケットの下にサーフィン用の極寒ウェットスーツを着込み、カメラとフィルム以外のすべての装備をおいてゆく。軽くなったカヤックは軽快にBlack Stone氷河へ近づいて行くが、雨が小降りになったのは一時的なものだったみたいで、氷河に近づくにつれてだんだんと雨も強まり、視界がとても悪い。それにしても、うっすらと浮かび上がってきたその氷の壁の威様はすさまじい。一体高さはどれほどあるだろう。幅は500メートルはゆうにありそうである。

近づけば近づくほど、氷の壁からの冷風が吹き付けてくる。風をはらみ雨を巻き込み、氷河はそれ自体の意思の力で近づくものを完全に拒んでいるかのようである。パドルする手がかじかみ始め、歯を食いしばりパドルし続ける。あまりの氷河の大きさで距離が縮まっているのか、ただ風で押し戻されているのかわからない。呼吸を整えて、がむしゃらにパドルを漕いで氷河に近づく。そこかしこで、氷壁は小さな氷の崩落を繰り返しており、その度に乾いた小さな爆音をあたりに轟かせている。まだ距離がある為、小さく見えるあの氷塊はでも、一般的な一軒家くらいの大きさがあるのだろう。

どれくらい全力で漕ぎ続けただろうか?漕ぐ手を休めて氷壁を見つめると、幾分近づいているようではある。けれど、カメラを取り出す気持ちにはなれないほどの雨。そして何より光が足りない。こう降られちゃあ、今日のアタックはあきらめざるを得ない。このままがむしゃらに漕ぎ続けても埒があかなそうである。いたずらに体力を消耗するだけだ。雨風のなかここまで来たこと自体、僕は氷河だけを見つめて視野がせまく、冷静な判断が出来なくなっているのかもしれない。引き返す前にあらためて目の前のBlack Stone氷河を観察する。遠くからだとまっすぐに見えたその氷壁のラインは凹型に大きく湾曲しており、氷河の流れが水際で落窪んだ真ん中の部分で頻繁に、氷の崩落が起きているのがわかる。近づくことはとても困難で、また被写体としての魅力にもかける。反対に左右の氷壁は絶えずかかる圧力で崩落する前に、圧縮されてその青が凝縮されて奇麗であり、崩落の危険性も少なそうである。特に向かって右側の壁は角のように大きく青い氷がせりだしながら、凝固しているのがわかる。角と角の間から見える青い真空に見ているとすいこまれそうである。明日からは大きく右側に回りこんで氷河に近づいてゆくのが、得策であるだろう。

降りしきる雨のなか仕方なく、来た道を引き返す。急に体から力がぬけてパドルを持つ手が重くなるのがわかる。ふと自分がずいぶんと遠くまできたような気がしてくる。たかだか3、4日の移動で僕は、ずいぶん遠くに来たようだ。ひとつの確固たる意思さえあれば目的地には、途端に近づいてしまうものだと思う。けれど近づいても近づいても、氷壁に、氷河そのものに決してたどり着く事はできない。ただただ近づいていく過程で、微分され続けるその距離感が、撮影にとって何よりも重要であるに違いない。そして氷壁という対象そのものが持つ深淵な青さを本当に近づいて見つめた時、神聖なものさえ感じざるを得ないなにかを僕は、このモチーフに感じているのだ。

ウエットスーツを脱ぎ、濡れそびった体でテントの中に戻る。即席ピラフをつくり寝袋に入り込んで冷えた体を暖める。寒さはどうしようもなく人を疲労させる。けれど本当の疲れは、気を張っていたせいだった。一年ぶりの氷河との対面で自分はうまくその間合いをはかれなかった。改めて対面した氷河の大きさそのものに圧倒されていた。明日から天候は回復するのだろうか?今回の遠征で僕はどれだけの成果を得られるだろう?考えれば考えるほど、不安な思いをぬぐい去れなかった。今は何もなす術がない。

  氷河日記