8月25日

 はっきりしない天気のいつもの午前。のち晴れ。本日はブラックストーン氷河の真横に流れ出るBeloit氷河を観察しに行く事にする。遠目で見る限り正直あまり心ひかれる氷河ではない。平太くせり出したその氷壁は、押しつぶされるように崩れていて、蒼く光る部分が皆無。その上黒砂のモレーンが目立ちすぎて汚らしい。なあんていっぱしな氷河批評を遠目でしていないで、まずは近づいて確認することにする。キャンプ地からは2マイル程。途中でやはりBeloit氷河の氷壁にはどこにも惹かれないことに気づく。凹と凸が足りない。アルピニストたちに、様々な山の様々な壁にそのアルピニスト的フェティシズムがあるように、写真家としての僕の目にも、氷の壁に対する独自の嗜好が一角あるのだ。とにかく、現在のBeloit氷河には、あまり深く惹き付けられない。近づいて行くためのポイントが見つけられない。いたずらに近づいて行くことは出来やしない。目を奪われてどうしようもなく、引き込まれるようにしていくポイントがなければ、リスクを犯して撮影できやしないのだ。
 テントを撤収し荷物をまとめて、2日ぶりに移動する。たかだか2泊しただけなのに、このLaurence氷河の麓にはずいぶん長くいたような気がする。なるべく自分の痕跡を残さないように努力するが、人がそこにいたという痕跡はいかんともしがたい。移動された石たちや、焚き火の後や、テントで平たくなった地面。自然の原始のままの姿がいかに調和がとれたものかを、思い知る。
 ブラックストーン湾をUターンして、10マイル(約16キロメートル)離れたDesicion Pointへと戻る事にする。移動するには絶好の日好である。自然の中で旅することの掟は、好機を絶対に逃さない事である。自然は決して待ってはくれないし、自分の体力はいつでも限られているのである。その日の力を使ってしまえば後は、どうする事もできやしない。そしてむやみに疲れてはいけない。
 頭は今後一旦ウィティアーへ戻るか、そのままハリマンフィヨルドを目指すかの選択で揺れている。問題は天候と、食事の補給である。なんとかなると言えばなんとかなるのだろうけれど、ハリマンフィヨルドまでの行程を考えると、少し持参している食料が足りていないような気がしていた。食事の不安を抱えて、遠路にでかけていくのは嫌ではあったが、Desicion Pointから街までの往復20マイル以上をまた漕ぐのもなんとも面倒な話である。結論は、明日の朝の天候次第ということで、先送り。夕食時のみそ汁の具材などのささやかな事柄から、壮大な世界旅行計画や、目下の写真論や人生設計云々かんぬん、様々なことが単調なパドルワークのさなか、頭の中に現れては消えてゆく。漕ぐのに疲れると手を止めて息をつく、周りの景色をゆっくり眺めてみる。バックからスポーツアミノ酸をだして噛み砕く。
 午後5時過ぎ。入り江の出口付近、対岸にテベンコフ氷河が見えるビーチで停泊。ここを今夜の根城にすることにする。Desicion Pointもすぐそこである。近くのちょろちょろした水の流れをすくい、頭を洗い体を拭くとだいぶすっきりとした気持ちとなる。水は、咆哮するほどに冷たい。けれど本当は、川にでも裸で飛び込みたいところである。だんだんと野生にいることに慣れて行くことは気持ちのいいことである。
 いつもの夕食3点セットを用意して、枯れ枝をひろい集めた焚き火を起こす。どうして火を起こすとこんなにも気持ちがおちつくものなのか。木々が燃える音はどうしてこんなに気持ちをなごませるのだろう。日が暮れて、あたりがすっかり暗くなりはじめると、徐々に現れ始めた星は、気づいたら降ってきそうなほどの数になっている。太陽に照らされて目の前の物の細部が、無限に立ち上がる昼の世界。それと同じようにそれを凌駕するように、決して触れられないがこうして無限の輝きにみちた夜の世界がある。今晩はマットを敷き寝袋にくるまって、外で眠る事にした。寝袋にくるまって顔だけを出して、仰向けになる。満点の星をじっと見ていると、いっさいの何ものも考えられなくなる。星がかすかに点滅しているその音さえが聞こえてきそうな気がする。ちっぽけな人工衛星が、時計の針のように進んでいく。いくつかの流れ星が流れていく。

  氷河日記