8月27日

 夜半から降り出した雨が、またしても僕のテントを激しく打ち始める。テントのジッパーを開ける気になれない。寝袋の中でうだうだとしているも、ご飯は食べなくてはいけない。そばの小川の上流にデポした食料コンテナーを取りにいく。ハックや湾岸天気予報の言っていた通り、近くを低気圧が通過している。
 軽い朝食を取り終えた後、寝袋に再びくるまり読書。フロベールの「感情教育」の続きを読む。主人公フレデリックの浮き世に流される心情の移ろいのなかに没頭してみる。アラスカに、革命以前のパリの風景はなんともなんとも似つかないが、だれにも何にも邪魔されずにじっくり読書できるのも、旅の醍醐味のひとつであることよ。
 自然の中に一人はいってゆくような旅に持ってゆく本というのも、なかなか難しい。重い単行本は論外。貴重な絶版の本も論外。そうなると軽くて読んだら捨てて帰っても来れる文庫本がまず、好ましい。気分転換に気軽に読めるものを持っていった方がいいと言う人もいるだろうが、ぼくはごりごりの古典を持っていく。持続した集中力を必要とするような読書をするには、最適の時間であるし、時間と時代に試されて、国境を超えて人々に受け継がれてきた古典作品には、人類の魂の変遷としかいいようがないすばらしい何かが、宿っているとやっぱり僕は思うのだ。そして限られた人生の時間の中でそれらの本に沈潜できるのは、それはそれで人生の喜びのひとつであると思うのだ。
 今回も12冊の名作文庫本を持ってきた。生存にかかわるものではないけれど、荷物の中でもこれだけは外せない。限られた食料のように、じっくり読むのが好ましい。そうは言っても午前いっぱいかけて、テントの中で本を読み続けていくと、あっと言う間に「感情教育」(上)読了。アラスカでパリの華やかな社交界の物語に引きずり込まれてしまう。
 レインコートを着込み、昼ご飯を食べにまた「CHINA SEA」へ。ランチビュッフェ。地図を広げて、じっくり見入る。一旦ブラックストーンまで行って帰ってきたせいで、地図を見る現実感の質が変わっている。山の稜線から景色が想像される。とにかくハリマンフィフィヨルドまでの綿密な戦略を想像する。なだらかな海辺の等高線から昼の休憩地点を探す。どこで野営して、どこで撮影の為のキャンプを張るか、云々。
 昼過ぎになり、少し天候も回復するも今日は、出発する気になれず。9月に入るとアラスカは急激に寒さを増すので、なるべく早くハリマンフィヨルドまで行って帰ってきたいのは山々だが、今日は腰があがらない。街に戻ってきた昨日は、早く荒野に戻りたいと思っていたのに、今はもう少し出発しづらくなっている。かといって街でする事もなにもない。不安な気持ちがまた少し頭をもたげる。とにかく今日は街に居座る。「感情教育」の続きでも読みあさろう。
 たまらなく夕方前に「CHINA SEA」にでかけて早めのアラスカンアンバービール。ウィティアー生活に退屈している、韓国人ウエイターのスンギューとたわいもない世間話。食べるのが大好きなスンギューは、日本に行って日本食をおもいっきり食べたいとのこと。中華のウエイターをしながら、日本食ナンバーワンなどと言い張る。ソウルに帰ったら東京にも行きたいという彼に、安くておいしい東京のレストランを地図を交えて、教えてあげる。誰もがここでもないどこかに憧れながら、いまある現実を生きているのだ。
 明日は、多少天候が悪くても出発しようと思いながら夕方、酩酊の態でよろよろとマイスモールテントまで帰ってくる。街の中でこんな生活をしていると、なんだか全く浮浪者である。

  氷河日記