8月29日

 テントを横殴る早朝の風で目を覚ます。ジッパーをあけて寝ぼけ眼でいつものように、天候確認。風が幾分強いけれど、天気は悪くない。海上は、幾分風が強いだろうか?昨晩の残り飯で作ったおにぎりをほおばり、朝の散歩がてら森にまた散策にでかける。昨日から、手つかずのレインフォレストを歩くのが病み付きになっている。これは今の僕にとって極上の娯楽である。森に分け入り、歩き、立ち止まり、進むべき道をさがして、また歩く。それだけのことなのに、無上の楽しみに満ちている。森を歩く事は、単調なカヤックのパドルワークの対局にある。踏みしめる下地の感触、生えているキノコやベリー類、多様な種類の低木、トウヒ、マツ、進むべき方角とその為の足場の確保と掴むべき手がかり。それら森から受け取るべき複雑さの極みである森羅万象の情報は、この上なく僕を楽しませてやまない。迷わないようになるべく海沿いを歩くが、気づくと深入りしてしまう。
 ベリーが群生する獣道で、熊のものとおぼしき糞を発見。状態から、そんなに古いものではないと思われる。あたりの景色が急変する。近くに実際熊がいるのだと思うと、森の静寂が一気に張りつめたつめたものに変わる。もちろん僕が今回キャンプ旅行している一帯に熊が生息していることは知っていた。いや生息しているといった生易しいものでなく、ここは鮭が遡上し、ベリーが生い茂る「熊パラダイス」であるのだ。知っていてもなお、その証拠を糞という形で見せられると、気はすくみ、警戒心を一層強める。熊除けベルを回転くじの景品があたった人のごとく鳴らし続ける。甲高い声で、歩きながら歌を歌い始める。
 もちろん、僕にもこれまでのアラスカ旅行の中で感じてきた熊に対する知識がある。まずなにより、携行している食料を常に自分から遠く離すこと。特に就寝時には、テントの近くに食料を置くのは、論外である。また人間の食べ物を食したことがあると思しき、熊が一番危険であり、したがってキャンプ場の周りでこそ、食事の管理は一番気をつける。森の中や山道で急に熊に出会わないようにすること。熊はその本能から急に人間に出くわすと襲ってくることがあるとレポートされている。追いつめられ罠にかかったと勘違いするのだそう。木登りなどして遊んでいる小熊を発見したら、要注意。近くには母熊がいて、小熊との間には絶対に入ってはいけない。
 随分遠くまで歩いてきたようなので、いい加減に野営地まで引き返す。木々の影から、しばらくぶりの青空さえ見える。太陽が顔をのぞかせてきた。恐がり過ぎるのは、よくないとわかっていながら、やはり熊は怖い。怖がりすぎると夜うまく眠れなくなってくる。見えない他者への潜在的な恐怖心と警戒心がさながら、ベトナムでのアメリカ兵のように精神を蝕む。些細な物音に過敏になり、ストレスでただでさえ体力を使う野生でのキャンプを楽しめなくなってくる。かといって居直って、警戒を怠り始めるわけにもいかない。そのバランスを保ち続けなくてはいけない。ここは熊の土地なのだ。熊は人間から隠れて過ごしている。洋服を着て、火を使い、カヤックに乗る人間を何より熊の方が怖いのだ。突然襲いかかってくる事はない。だからこちらの方も、ひっそりと厳かに旅させてもらえばいいのだ。
 荷物をくくりカヤックで漕ぎだすと既に、お昼近くになっていた。朝の散歩のつもりが、午前を森で過ごしてしまう。そして、カヤックで海上にでると、そこだけは熊からの安全地帯である。カヤックと森散策。きっと太平洋沿岸エスキモーたちも、その二つを生活行動の両輪として、無遠慮の海に疲れたら包容の森に包まれて、逆にめくるめく森の世界に目眩がするように飽きて来たら、また愛すべき小さな舟に乗っかって次なる森へ梯子して行ったに違いない。
 ジーグラー岬を超えると、進路を北に取りひたすら進む。若干の向かい風。久しぶりの太陽が気持ちよいので着ているものを脱ぐ。パドルする手にも力が入る。沿岸にはラッコが数多く生息している。絶え間なく毛繕いをし、小さなバイ貝みたいなものを食べている。カヤックで近づく僕を見かけると、慌てて水中に潜って逃げる姿が微笑ましい。潜ってから25秒から30秒くらいで、また遠くにぽちゃんと出てきてこちらの様子を伺う。ラッコに警戒されながら見つめられると、ひたすら氷河に向かう為、こんな所で一人旅する自分の意思が随分と特別なものに思えてくる。ラッコに意思の力はないだろう。人の意思とは、自然の中でなんと不思議なものであろうか。
 Pirate湾 Hummer湾 Beetle湾を超えてHobo湾に接岸。午後だけで15マイル(25キロメートル)以上を漕ぎきる。いつものように素早くテント設営、水汲み、焚き火の為の灌木拾い、飯炊き。今日もはや一日が終わってゆく。明日も太陽が覗いてくれるといいのだが。

  氷河日記  
  氷河日記