9月3日

 奇妙な夢から目が覚める。外は零度近い温度なのにうなされていたのか、寝汗さえかいている。なんだか自分の夢の中にいたというよりは、誰かのどこかの夢の中にいたような感覚だった。言葉ではうまく表現できないが、残忍さや争いごとや、野心や欲望がはげしく蠢く戦場のような場所で、僕は怯えながら迷子のようにうろつきまわっていた。いたちのように素早く走る人間に追い立てられ、タカのようによく見える人間に常に観察されて逃げ場を失っていた。残忍で激しい気性の人間たちは、動物の目をしていた。かつての夢でも見た事もない場所であり、何より全く知らない感触の夢だった。そして何より間違った夢の世界にいるような不思議な感覚の夢だった。
 あたりは、すでにほの明るい。時刻は5時過ぎである。昨晩も何も食べてないので、お腹がひどくすいていた。ドライフルーツやら、カロリーメイトやら、ハーシーチョコレートやら、アミノ酸タブレットやら、すぐに食べられるものを食べられるだけ食べて、また寝袋に入ってしまう。軽い雨がテントの上のタープを打っていた。風は、吹いていない。なんとなくその夢の感触を思い出しているといつの間にか、午後まで寝てしまう。
 テントの外にようやく出ると深い霧が立ちこめている。もう近くにあるはずのハリマンフィヨルドさえ見えない。完璧な静寂があたりを覆っている。近くの雪解け水の音がかすかに聞こえる。遠くで水辺のラッコが、レインジャケットを着込んだ僕をじっと見つめている。その視線は、僕にここではどうしようもなく部外者であることを感じさせる。けれど僕が昨晩野営したこのあたりは素敵な場所である。昨晩の夢の世界とは正反対の静けさと調和に満ちた場所だった。幻想的といってもいい。もしも、こちらの方が夢のなかだというのなら、たしかに今目の前の世界とて、夢のなかにいるようである。あたりには、豊富に焚き火のための灌木が落ちていて、そいつを拾いながら海岸線をゆっくり歩く。奇妙な昨晩の夢が気持ちのなかで尾をひいていた。拾い歩きをしていると、すぐに持ちきれないほどの灌木が集まる。拾っては、テントの周りに集め、拾っては集め、灌木拾いをひとしきりして、体を動かす。もちろんブラックベアーはこのあたりにもいるのだろうが、氷河にほど近いこともあり、その心配も少し薄らいでいる。それはなんとはなしに気配のようなものでわかる気がした。熊はもっと暖かいところで今頃、ベリーと鮭をむさぼっているはずだった。熊などではなく未だ見た事のない、アラスカンマウンテンゴートを見たかった。あごひげを生やした、賢人のようなたたずまいの白い山ヤギである。この辺にいたら、さぞかしぴったりである。見つめるだけでは飽き足らず、ヤギの姿をしたその山の賢人に弟子入りをお願いしたいものである。「ヤギの賢人さん、ぼくははるばる東京から、こんな所にきてしまいました。貴方について山に入っていっていいですか?」「めえええええ〜」「真理を追究すらためにそんな山の中でくらしているのでしょうか?」「めえええええ〜」「どうして僕はひとりこんな遠くに来てしまうのでしょうか?」「めえええええ〜」「この先、この世界の核心に触れるような写真が僕には、一体撮れるのでしょうか?」「めええええ〜」
 テントに戻ると、昼飯の為に米をたく。米炊きの時の臭いと音が好きだ。なんだか気持ちがおちつく。腹がへり、飯を食らう。ただただそれの繰り返し、そしてまた動く。働く。また食らう。少なくともリアルな米炊きの臭いのする夢などはありはしない。もちろんこちらが現実の世界である。霧につつまれながら、たったひとり氷河フィヨルドの突端で灌木拾いなどしていようともである。
 昼食後、カメラ機材を持たずにハリマン氷河を偵察しに行くことにする。地図で見るかぎり、幅1マイル(1.6キロメートル)にわたるその氷壁に果たして近づけるのものなのだろうか?あまりに幅がありすぎると、方々で滑落の可能性が高過ぎて容易に撮影の為とはいえども近づけない。体がその大きさの威様に萎縮されて近づく気にさえなれないし、滑落した無数の氷の量が多過ぎて、行く手を常に遮られてしまう。僕の趣味は、小さくて変化に富んだ海岸氷河である。青がむき出し、入り組んだ様を近くで見つめることのできる海岸氷河である。それらは接近しやすく、万が一転覆した場合でも、岸まで泳いでいける範囲のものである。これまでの撮影で見つけた「手頃」な氷河は、バルデーズからほど近いシュープ氷河、ワーシントン氷河、ジュノーからほど近い、メンデンホール氷河。そして今回のウィティアーからのブラックストーン氷河、そしてサプライズ氷河である。来年の夏は、南東アラスカのガステイバスから、いつくかの海岸氷河を撮影できるに違いない。ついでにストラスブルグからもいくつかの「手頃」な海岸氷河を回れそうだ。それからパタゴニア地方の、ヴィエドマ、スペガッツィーニ、グレイ氷河、エトセトラエトセトラ。
 霧の中のカヤックの航行は、これまたなんとも幻想的である。数十メートル先も見えない。晴れていれば、きっと目の前にパノラマのようにハリマンフィヨルドが広がっているのだろう。見えない滑落の乾いた音が、耳の奥でするように静寂をやぶり、こだまする。その音がより一層のちの沈黙を深める。これ以上進むのは危険だろうか。けれど化学繊維を纏った部外者のカヤックは、あたりに広がる氷の塊を避けながら、あくまで物理的法則に則って進んでゆく。一羽のワタリガラスが、鳴きながら部外者の来訪を伝えながら上空を飛んでゆく。うっすらとダムのような氷壁がその姿を現してくる。僕は漕ぎを止めて、霧が晴れるのを待つ。巨大な氷壁が風を纏い始め、少しづつ霧が晴れて行くのがわかる。寒さで体が震えはじめる。あたりの氷は閉じ込められた空気を解放するように、プチプチと鳴いている。やはり氷河は、巨神のようである。意思を持ち、まるでぼくと対話しているかのようである。そしてこの巨神はあきらかに僕が近づくのを拒んでいた。漕ぎを止めるとカヤックは押し戻されて、また霧に包まれる。霧の奥でただその巨神の異様な気配だけがしているようだった。
 一日中、晴れる事なかった霧の中、いつしかまた夜がやってきて、なんだか今日は焚き火に木をくべる手を休めることが出来ない。焼べる灌木はいくらでもあった。明日から帰路が始まるなあ。漠然とそう考えていた。明日以降もハリマンフィヨルドに近づくことは難しそうである。アンチクライマックスではあるけれど、ここが僕の旅の折り返し地点であった。わざわざここまできたけれど、ハリマンフィヨルドには近づけない。帰りにはバリー氷河とコックス氷河、2つの氷河がまだ待っている。体を暖める為に持ってきたジャックダニエルをちびちびしながら、朝方まで寝袋にくるまりながら、そうして火を焼べていた。燃える火をじっと見ていると、意識が覚醒しうまく寝付けなかった。

  氷河日記