9月4日

 午前4時過ぎ、結局眠れないままに辺りが明るくなってしまった。仕方なく、身支度を整える事にする。火を消して、テントをたたみ荷物をすべてボイジャー415にくくりつける。昨日あんなにたくさん集めた灌木たちが、炎が消えた後はただの地面の黒い灰になっているのが、いまさらながら不思議だった。そしてその焼け跡が、中性的な色が多い自然界の中においては、ひどく真っ黒なものに見えた。
 すべてを撤収し終え、カヤックから自分の野営場所をふと振り返ってみると横に巨大な岩があり、いままで気づかなかったのだが、その巨岩はみごとに立方体の形をしている。戻ってよく見ると、断面を人為的に整えるように削ったようでもある。自然界がこんな立方体をつくるだろうか?向かいあった四つ角はきれいにそろっているようである。
 削った面に苔がむし始めるているところを見ると、昔の原住民たちが削ったものなのだろうか?僕には、それ以上のことはわからない。もちろんハリマンより先に、沿岸で暮らしていた狩猟採集生活者たちは、このフィヨルドに彼らのカヤックで訪れていただろう。そしてこのフィヨルドを彼らたちの名前でも呼んでもいたはずだ。この奇岩はなにかの目印ではなかろうか?この沿岸の奥の山になにかがあるのだろうか?想像だけが膨らんでいく。出艇して漕ぎ始めながら、昨晩の奇妙な夢はきっとあの岩のせいではないだろうか?と思いを巡らせる。直感的にその二つがリンクする。場所の持つエネルギーに敏感になってきているのだろうか。
 昨晩のウィスキーは未だ体に残っていて、すべての動作は少しづつ緩慢である。とにかく、朝一番でカヤックを漕ぎだすのは、とても気持ちがいい。朝靄なのか、昨日の濃霧が今日もつづいているのかは、わからない。僕以外に静寂を乱すものは見当たらない。ひとり、原野の自然にでて2週間以上がたち、この雄大な景色に身を置く事にもだいぶ慣れてきた。この景色が当たり前のものだとするならば、まさにフランスの有名な文化人類学者のいう通り、この世界は人間の関係のないところではじまり、そしていつか人間の関係のないところで終わるのである。ともあれ、わたしは存在すると。そう「わたし」こそ一番厄介な代物であり、若干二日酔いであるけれど、「わたし」などただただ一時的にこの海面をつかの間乱すだけの存在で、取り囲む世界そのものは大きな大きなダイナミズムで、停止と再生をえんえんと休むことなく繰り返しているのだ。願わくば、自分もただただそのプロセスの一員として自然の中に同化してしまいたいと思う。ちょっとづつちょっとづつ、着ているものを脱ぎ捨てるように、しまいには「わたし」さえ脱ぎ捨てて、森や豊穣の海に同化してしまいたいと思う。けれど、自然に還ってゆく事の何処までを自分はできるというのだろう。森の中、裸足で眠ることなどできやしない。虚勢された都市生活者のエネルギーは、自然の中で自活生活してゆくのには、全くもってそぐいはしない。人間は、どれだけ遠くへ向かおうとしてもあらゆる舞台で中途半端な存在なのだ。ゴアテックスと、ファイバーグラスに守られなれけば、一番暖かい季節でさせここまでくる事は不可能なのだから。
 寝不足の為へとへとになりながら、厚着して一生懸命パドルして、汗をかく。早めの昼食をとり、浜辺で寝袋カバーにくるまりゆっくり昼寝。このペースであれば、今日中にハリマンフィヨルドの入り口まで、漕ぎ帰れそうである。明日以降の撮影を考え、コックス氷河の横の東河岸あたりがいいだろうか?行きには、気づかなかったが、アラスカの大自然は思ったよりも、すでに紅葉が進んでいる。まるで絨毯を敷きつめたような、赤や黄色の色が靄の向こうに浮かび上がっていた。9月のこの時期は一日一日山の色が変化してゆくようである。夏は、既に終わったのだ。すでに短い秋を迎えていた。そして冬がやってくる。
 午後、軽い雨が降り始めるが雨降り装備を整えて、計画通り進む。雨の中の航行も、行きと違い気持ちに余裕がある。雨は、湖のような穏やかな海面を一瞬一瞬、波紋として打ち続けている。進みながらそれを見つめていると、まるで星のようである。無数の星が海面に現れては消え、現れては消えてゆく。なぜだか陽気な気分の時の雨降りは、子供の頃を思い出す。中途半端な存在である人間の僕は、スキンボートのコックピットに座り、見知らぬ惑星を旅しているのだ。ボイジャー415!ただいま12光年離れたコックス星雲めざして、ハリマン星雲を順調に航行中!推進力は、米ガソリンで動くイエローパドルの絶え間なき回転運動。おいっちに!おいっちに!おいっちにさん!
 夕方前に、無事キャンプ地に到着。コックス氷河はすぐそこである。雨にあたり、体がだいぶ凍えた。ジョージ・B・ダイソンの本で読んだ天然サウナを作成しようと試みるが、サウナ小屋を覆う外皮用の葉が見つからない。焚き火で石を真っ赤になるまで熱し、それを木で建てたティピのような小屋に運び入れ、水をかければ天然サウナになるという仕組みである。南東アラスカの氷河国立公園でジョージ・B・ダイソンはどんな植物の葉を使い、熱を逃がさずサウナを作成したのだろう。サウナで体を極限まで暖めて、氷河の水に浸かったらさぞかしさっぱりする事だろう。氷河の水で瞬間に体を冷却したら、こんどはまた天然サウナに入るのだ。ティピを建てる3本のちょうど良い灌木をみつけるが、熱を室内に閉じ込める大きな葉が見つからずに断念。いつの日にか必ず実現させたいものである。