9月9日

 お腹が空いて目が覚める。昨晩つくった小さな味噌おにぎりをほおばる。それから非常用のカロリーメイト。何か口にしなければ動けやしない。午前7時半。またしても昨日、衝動的に「決断地点」でこちらに進路をとってしまったが、残りの食料のことを考えると、やはり街に戻るべき時である。気持ちが街と氷河の間で揺れている。ウィテイアーの中華料理店「CHINA SEA」のことを考えると生唾さえでてきた。
 空腹を感じながらも、けれどまだ僕はこうして荒野に居続けたいと感じていた。アラスカをキャンプしながら、旅できる季節は限られている。もうすでにシーズンは終わろうとしていた。寒さが一日一日増していっているのがわかる。一旦雪が降り始め、その厳しい冬が始まってしまえば、来年まで待たなくてはいけないのだ。今はとても貴重な時間なのだ。それを考えると一日でも長く、この荒野の中に身を置き続けて、写真を撮り、そしてまた来シーズンに向けての手がかりをひとつでも持って帰りたかった。ここで今感じることの様々が、いろいろなものにつながってゆくことを僕は、今までの経験から知っている。
 カヤックに再び荷物を積み込んで、左右を見比べる。左にはフィヨルドの奥にブラックストーン氷河が待ち受けている。右で待ち受けているのは、中華料理にアンバービール。僕は、自分の意志でどこへでも行ける。帰ってしまうのは、簡単だ。食料がなくなってゆくこと。そんな状況さえ、どこかドキドキする自分もまたいる。最悪の状況を想定する。僕は、急な悪天候でまたテントの中に釘付けにされ、食べるものがなくなってゆく。でも死ぬことはないと思う。まだ僕の体の中には、沸々とした活力がある。この活力がある限り、僕は生き延びていけるのだ。街までは漕いで帰れるはずだ。
 再びブラックストーン氷河目指して漕ぎだす。距離はたかだか14、5マイル(約22キロメートル)ほどである。天候は曇り。風も問題ない。初めてこのフィヨルドに来た時は南面を漕いで進んだが、今回は北面の岸に沿って進む。遠くでなにやら、小さなボートで地元の漁師が仕掛けを沈めている。ブイを浮かばせて仕掛けを置いていくと、またけたたましいエンジン音を響かせて帰ってゆく。何を捕っているのだろうか?
 もくもくと僕は、ひとり漕ぎを続ける。漕ぐのに飽きるとパドルを置いて、竿を投げ、糸をたらす。先には銀色のスプーンルアーがついている。今晩のおかずがどうしても欲しかった。最後の保存食を食べてしまったら、それはやっぱり旅の最後を意味しているのだ。けれど、魚がかかる気配なし。あきらめて、また漕ぎを進める。このままでは、明日にも街に戻らならなくてはならないだろう。今日の僕に、自然からの恩恵は与えられないのだろうか?帰ったら、ハックに釣りの手ほどきを受けよう。僕には魚を釣るための知識と技術がなさ過ぎる。
 ブラックストーンフィヨルドの北面は、断崖絶壁の斜面が続き、接岸する場所をさがすのも困難である。ちょっとした岩場の隙間になんとか岩場に乗り付けられる場所をみつけ、上陸して早めのお昼にする。最後の即席麺を食べて、昼寝。空腹で漕ぐのは、やはりつらい。断崖絶壁が続いている為、森の中にも入っていけない。北面は、太陽光が乏しいせいで、このあたりの斜面は森自体も発達していない。南面の森が恋しかった。遠く対岸に見えている森の中には、食べ物があるだろう。けれど、向こうに見える南面まで岸を離れて漕いでゆく気には到底なれない。このまま北面を進んでいくしかなさそうだ。帰りは、南面を漕いで帰ればいい。
 太陽光が射し込み、昼寝していたマットから起き上がる。再び岩場から、竿を投げてスプーンで魚をおびき寄せる。ヒットの気配なし。僕には、カワウソから魚を奪うことくらいが関の山なのだろうか。ひどく悲しい。またあきらめてカヤックで漕ぎい出る。もし、僕がこの土地のエスキモーの男として産まれたなら、家族を養っていけるだろうか。それは、とてもシンプルな暮らしであるのだろう。僕には、あのアザラシたちを銛で打てるだろうか。あのラッコたちに気づかれずに忍び寄って、捕獲できるだろうか。カワウソが魚を狙う河口で待ち受けて、おこぼれを拾うだけなんて情けなさ過ぎる。そして今では、絶壁に囲まれて、カワウソが居そうな川さえみあたらない。
 何度か引き返すことも考えた。米があと1合以下、ツナ缶ひとつ。味噌がたくさんと、醤油、塩、スポーツアミノ酸、コーヒーとウィスキーのクオート瓶、緑茶。くらいのものである。エネルギー源がなければ、自然の中は旅できない。何度も引き返すことを考え、それでも魚が一匹釣れれば大丈夫だと思い、糸をたらしてみるが、一向に釣れやしない。ここは確かに豊穣な海のはずなのに、僕の糸にはかからない。そうだ、あの地元の漁師が置いていった仕掛けをあげてみようかなどと思い立つ。蟹がかかっていたりして。が、そんなことをするならとっとと街に帰れと自分自身を叱咤する。空腹は恐ろしい。とにかく、もう一度ブラックストーン氷河を見てそれで、僕は引き返すのだ。僕は引き返すのだ。一人長く旅していると意地を張る自分を、制止できなくなっているようだった。
 よじ登れそうな崖をさがしながら、カヤックを漕ぎ進める。森に入ってせめてベリーをむさぼりたかった。それは主食ではないにしろ、腹の足しにはなる。アラスカ州の象徴である、ボールドイーグルが一本のトウヒの木から、こちらを見ている。彼は、見るからに最高の狩人のようだった。ぼくを明らかに木の上から見下していた。遠くまで見渡せる目で獲物をさがし、鋭い爪とくちばしで、風にのり獲物を捉えるのだろう。鷹がなんともうらやましい。そしてなんと気高い生き物だろう。誰にも媚びず、この厳しい自然のなかで毅然と生を全うしている。彼が迷うことはない。今の僕のように迷うことはないはずだ。迷うことは、獲物を逃すことであり、それが死につながっているのだ。鷹もこちらをちらりと見ていた。大きな羽を広げて悠然と飛び立っていった。海面近くまで低空飛行をした後、ゆっくりと高度をあげて、山の斜面へ消えてゆく。
 空腹を意識の外に追いやる事は難しい。ゆっくりと省エネルギーモードで、パドルをかえしてゆく。いろいろなことに思いを巡らせることさえ、エネルギーを使う事のような気がしてくるが、こればかりは仕方ない。その昔ヨーロッパをヒッチハイクしながら旅行していた時も、腹を空かせていたっけな。フランスのボルドー近郊で、ヒッチハイクしたトラックの運転手に食堂でランチをごちそうになったんだ。あのランチは本当に今でも思いだせるくらいにおいしかった。壁から蛇口がついていて昼から、ワインが自由に飲めた。赤ワインと白ワインの蛇口があった。野菜は青青として生きているみたいだった。ステーキの肉はまるで小型の辞書くらいあったっけ。アフリカのエチオピアに初めて行った時も食事には、苦労した。あの酸っぱいクレープのような食べ物には、閉口した。田舎にいけばインジェラと呼ばれるあのまずいクレープしかなかったなあ。インジェラだけは、最後までおいしいと思うことができなかった。
 そうだ。アフリカで僕は、初めてアラスカに行こうと思い立ったんだ。11ヶ月もかけてアフリカをリュックひとつで縦断旅行している当時、移動の主要な娯楽は、ひとつひとつ自分の記憶を辿ることだった。街から街まで何時間もかかるアフリカのバス。それを何時間もまつ時間。持っている本も尽きて、変わらないアフリカの景色をずっと眺めていると、記憶は止めどなく景色と共に流れていった。忘れていた親父の机の上にあった、アラスカの漁業地図のことを思い出した時、僕ははっとしてすぐにアラスカにいかなくては、いけないと思ったのだ。昔の記憶が突然なんの脈絡もなく現れて、新しい土地へとつながっていった瞬間だった。なんの関係もないアフリカくんだりの、こんなところにいる場合じゃないとさえ思ったのだ。それは、築地の魚河岸で北洋魚類を扱う仕事をしている親父が、仕事の参考にしている地図だった。コディアック、スワード、アンカレッジに、ノーム。そこが何処だかも知らない地図の地名は、子供心に呪文のようだった。けれど、こうして今や、何度も何度も毎年毎年通いつめ、その度に様々な創作の為のインスピレーションと、魅力的なモチーフを提供しつづけてくれるこのアラスカとよばれる土地は、写真家になった僕にとって「約束された土地」に違いなかった。
 どこで、道をまちがえたのか、地図を読み間違えたのか。フィヨルドは、先で行き止まりになっている。もう、ブラックストーン湾はすぐそこであるはずなのに。いったいどこで間違えたのだろうか?間違えようのないはずなのに。一度来た道を戻り、対岸の山の様子から現在位置を特定し、自分が小さな湾に入り込んでしまっているのを確認する。無駄なエネルギーを消費してしまったことに、腹がたつ。食料不足が悪循環をうんでいた。へとへとになりながら道を修正し、なんとかブラックストーン湾の入り口に到着する。1マイルほど先にブラックストーン氷河が見える。朝からたいしたものを満足に口にしていないせいで、文字通りお腹と背中がくっついてしまいそうだった。けれどまた戻って来たぜ。ブラックストーンよ。
 湾の向かいのビーチ状になった場所に接岸して荷物を下ろす。ブラックストーン氷河が見渡せる素敵な場所である。すぐ後ろには森が広がっており、少し突き出た森の突端でテントを張る。あおつらえむきの野営地である。すぐに散策にでかけ、この森にもブルーベリーが群生していることを確認する。ブルーベリーだけでなく、ラズベリーもちらほら見うけられる。その赤い実はなんともおいしかった。ブルーベリーを主食のように食べ過ぎて、少し飽きていた僕にはうれしかった。ちいさな粒ツブからなるその実が口の中で弾けた。甘酸っぱい香りと味が口の中に広がり、僕は必死でそのギザギザのラズベリーの葉を見分けて、その実を探す。少し森を分け入り進んだところで、別の木々と共にラズベリーが大量に群生している一帯へと出る。夢中になり、木々の間に身を滑り込ませながら、次々とその実をつまみ食べまくる。赤い実に、黄色い実。それらを片っ端から採取し、その場で食べる。どれだけ食べても飽き足らない。どれだけ食べても群生しているラズベリーは尽きない。僕は、今では動物のようだ。もちろん僕も動物なのだ。食事をし、糞をし、生殖し、眠るただの動物なのだ。採れるだけのラズベリーをとって、野営地に戻る。なんとも素敵な場所である。もし天国などと呼ばれる場所があるのなら、きっとこんな場所なのではないだろうかと、さえ思う。澄んだ空気と、静かな森。目の前には紺碧の氷河がそびえ立ち、柔らかい光が射し込む。空腹が、僕の意識を鋭敏にさせていた。ベリー採集のあとは、薪拾い。日が向かいの山陰に隠すと、もう飯を腹一杯に食って、眠ってしまいたかった。
 最後の米を炊ききって、朝ご飯のために、味噌を塗っておにぎりをひとつ作る。残りのごはんを一瞬でツナと醤油で食べる。明日の撮影のためにどうしてもエネルギーが必要である。朝のおにぎりに手をつけないでおくのさえ、一苦労。これもまた栄養に違いないと、焚き火をしながらウィスキーを飲み干す。火の中に木を焼べて、自分の胃の中へウィスキーを焼べてゆく。酔いがすぐに回ってゆく。体が火照り、かっかする。俺は腹が空いている。腹がすいている変わりに、大声を出してみる。熊さんよ、いいかげんに出てこないか。話相手にならないか。僕がずっとおびえつづけている、その姿が一体どんなものなのか旅の最後に見せてみないか。今夜は最後のキャンプファイアーです。僕と一緒に踊りませんか。ひとり思い出すことなど飽き飽きである。それよりすべてを忘れてしまおう。大切な事なら嫌でも思い出してしまうものだから。燃え盛る火を見つめながら、明日はもう街に帰らないといけないな。そんな風にぼんやり考えていた。

  氷河日記  
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