8月10日

 朝方に寒くて、テントに戻りもう一度寝直すと、そのまま昼の10時近くまで寝てしまう。昨晩のたき火の火の粉を受けて、気づかぬうちに着ていたフリースに穴が空いてしまっている。けれど、昨晩はなんだか心地の良い眠りだった。マックブリッジ氷河の写真がなんとか撮れたせいで、少し緊張が解けたようである。
 遅めの朝ご飯には日本から持参したとっておきの乾麺のそばを茹でる事にする。そば湯の味が、寝起きの体に染み渡る。生きていてよかったなどと、大袈裟なことまで思ってしまうほどである。ここグレイシャー湾で食べる、そばというのも。
 セスナでロケーションハンティングをした際には、マックブリッジ湾を目的地にと考えていたけれど、折角ここまで来ている訳であるし、更に深部のリッグス氷河まで行ってみることにする。ベースキャンプとして、この場所にテントを張ったまま、最小限の荷物で行って帰ってくるのがいいだろう。距離は、往復で16キロほどである。調理できずに食べられる食料とライター、撮影機材に、念のための寝袋などを積み込んで出発。軽い荷物で漕ぐカヤックは、なんとも軽快である。カヤックは荷物の積載重量に堪えられる乗り物であるとはいえ、その荷物がこれまでとても肩や腕に負担をかけていたことを知る。すいすいと進んでいく時のカヤックは、まるで自転車にでも乗っている時の感覚に近しい。
 カモメが一羽、遊ぶように寄って来て、僕のパドルの動きに興味を示したのか、低空飛行でちょっかいを出してくる。何度も何度も低空飛行をしてくるので、そのうちに怖くなり、パドルを振って追い払う。けれどカモメはしつこくちょっかいを出すように、低空飛行を繰り返してくる。おちょくられているようである。まるでヒッチコックの「鳥」のようである。昨日のオイスターキッチャーといい、鳥だけが、ここ荒野では僕のことを構ってくれる存在である。そして、きっと彼らは僕のことを見張り、僕のことを噂しているに違いない。ちちちちち。るるるるる。
 ミュイアーインレットの最深部に近い、このあたりの岩肌には、未だ木々が生えていない。最も最近まで氷で覆われていたせいで、植物が育成するほどに、時間が経っていないのだ。記録によると、1960年までは、このあたり全体も氷河に覆われてたというから、たかだか50年しか地上に現れてから経っていない土地ということになる。緑の見られない土地は、ただそれだけで雰囲気が異様である。むき出しの岩肌は、それだけで奥へ奥へと侵入する僕を威圧するようである。木々もまた、鳥たちと同じように、僕らを見守ってくれている存在なのである。水辺に近い岩肌の斜面には、氷河が削った細かい筋が入り込み、その流動する力の凄まじさを物語っている。
 午後3時、リッグス氷河の取り付きに到着。東側の端に上陸できるポイントを探して、しばし休憩。と遅めの昼食。セスナから視認したとおり、リッグス氷河も取り立てて興奮しながら、撮影する対象ではない。海岸氷河評論家による採点は、「梅」の上といったところか。
 末広がりに流れ出るリッグス氷河は、なだらかな傾斜の中で、内部の蒼を露出させているところが少ない。後退が著しく、末端がすぼまっているのがわかる。カヤックを西側に停泊させて、氷河の端をトレースするように歩いていく。しばらく岩肌を登るようにリッグス氷河を観察していると、その中腹の氷河の端に、内部がうっすらクレバスの裂け目から、蒼く光っている部分を発見する。惹かれるように、撮影機材を携えて夢中で岩場を登っていく。あそこまで自力で登っていけるのだろうか?とても遠いように見えるけれど。
 
 遠くからは見えなかった、いくつかの谷を超え、機材を担ぎ必死になって氷河の端の岩肌を登っていく。どうして、あの氷河の蒼い色を見つめていると引き込まれるように、必死で近づいていってしまうのか不思議である。何も考えることなく、岩場を登り切り、振り返ると随分と登って来ていることがわかる。その大きなクレバスまではもうすぐである。小さく見えていたその蒼い光は、今では大きく立ちはだかるようにして僕の前にあり、それは、氷河に穿たれた入り口のようでもある。
 恐る恐るクレバスの裂け目の前に立ち、それから氷河の中へ侵入していくことにする。天井である氷の固まりは、絶え間なく水を滴り落としている。ひたひたと、ぽたぽたと、水が激しく循環している音が聞こえる。撮影機材が濡れないように抱きかかえるようにして、奥へ奥へと侵入していく。内部はまさに蒼い洞窟のようである。
 静かに佇むようにして見えるこのリッグス氷河でさえ、内部はこんなにも激しく水を循環させ、そして河全体として後退をしているのだ。氷河は刻一刻と呼吸をするように、生きているものなのだと改めて実感する。氷河自体は、科学的物理的法則に則しながら、絶えず動き変化し続けているものであるけれど、目の前に現れているこの現象そのものは、神秘的、神々しいと容易につぶやいてしまう程、崇高に美しい。
 昔の人々たちが、現在僕らが手にしているような機械を手にする以前、常に自然を恐れ敬い、それを神の造形物だと信じていたことにも、氷河を前にすると納得をしてしまう。けれども、と21世紀に生きている僕は口ごもる。
 ジャンボジェットで、アラスカくんだりまでやって来て、セスナでそれらを俯瞰するように上から眺め、自然を完璧に模倣するように、写しとるという写真機なるものを携えている僕は、容易にそれらを神の造形物だ、もしくは神そのものだなどと言って、容易に納得をすることが可能だろうか。それではあまりに普通過ぎる。そんな認識なら、普通の凡百の無邪気で「美しすぎる」自然写真と、何ら変わりはしないではないか。
 やはりもっと破天荒に、倒錯的に、変態的に、カメラのファインダーを覗いている限り、目の前の自然は、僕自身が造り出したものなのだと、言い張りながら写真を撮る事はできないものか。
 大切なのは、自然に対するそんな視線の強度なのだ。途方もなく大きな氷河というモチーフを解体し、自分の身体に即すスケールに置き換えて、こちらまで得体のしれない氷河自体をたぐり寄せること。なだらかに、氷河という名前からも逸脱して、ただの蒼い固まりとして、白昼の眼に晒すこと。
 ああ、でもこうして、僕はとうとう氷河の中にはいってきてしまったよ。氷河の中に。夢中で追いかけていた対象のなかに、いつの間にやら入ってしまったよ。その内側から対象を眺めてしまったよ。僕は、本当にその自分の蒼の夢想のなかに、入り込んでしまったのではあるまいか?
 どれくらい、その内部を徘徊していたのか。氷の洞窟はその奥で、外の光を透かし向こうの世界がかすかに見える。世界が外側に向かって蒼く透けていて、とても美しい。氷河を通して見える透過光が、なんとも美しい。
 今では、かがみ込み、腰を折り畳むようにしてしか進めないほどに、その蒼い天井は低い。目の前にある氷河がつくりだした空間は、内側と外側が反転してしまったような、なんとも写真的な空間である。
 大判のカメラのレンズを開き、蛇腹の中を覗きこむ。カメラもまたさすかな光だけを誘い込む、ブラックボックスとしてそこにあり、外の光を内側へと導いている。僕は、その二重に誘い込まれた光の焦点をピントグラスで見つめると、フィルムを変えながら何度かシャッターを切る。 水が流れる濁音の激しさでシャッターの音は聞こえない。なんだか耳が聞こえなくなったような錯覚がする。
 這い出すようにして、氷河の外へでて、来た道を引き返すように下山する。停泊してあるカヤックのそばまで戻って来て、振り返ってリッグス氷河を、眺めて見る。穿たれたその入り口は、やはりここからでも内部の蒼を、かすかに光らせている。氷河は一枚の氷の固まりとしてあるのではなくて、何層もの洞窟を内蔵のように形成させながら、水を循環させているのだ。
 また内側にもあんな世界が待ち受けているのだということ。リッグス氷河の内部に侵入できた事で、氷河の撮影が新しいステージに辿り着いたことに感慨する。自分の足でなにかと出会っていく事は、写真家にとって何よりも大切なことだ。と思い知る。ぼくは、思索、思考の果てに世界を表現できるタイプの人間では決してないのだ。体を動かし、旅をして、切実に移動していきながら、初めて世界と出会い、つかの間、世界の認識を深めていける、それをカメラで記録していける。ただそれだけのことなのだ。
 
 カヤックで近づくように、触れる程までに近づく事ばかりを考えていた撮影は、中に入り込んで撮影したことで大きく変わってしまった。視線は対象をすり抜けるようにその表面を通過して、内側から外側を眺めることができた。僕の氷河を見る意識は、また違ったものへと変貌していくのだろう。 
 野営地である、マックブリッジ湾へと向かうパドルは軽い。僕は新しいシャッターを切れた事で、なんだか体さえ軽くなっている。そのシャッターの感覚が体に残り続けている。シャッターを切る度に私は、生まれ変わっていくのです。とつぶやいた写真家は、一体誰であったっけ?僕もまた昨日と今日で、向かいあった被写体にシャッターが切れたことで、生まれ変わったようである。ここまでくるのに、日本から何日かかっただろう。けれど、そんな苦労がなんだというのだろう。僕にとって最大の報酬は、ただただ新しい写真を撮れたという実感だけなのだ。
 野営地に戻ると、テントを畳み、荷物をまとめる。まとめた荷物をカヤックへ積み込むと南へ向けて、漕ぎを進める。ひたすら、南へ。ただただその方角がうれしい。その方角が僕をどこか安心させる。南へ。そこには、どうも楽天的な響きがある。そしてその進路は、氷河湾の場合、文明への進路である。