8月9日

 朝起きると、昨晩焚き火した跡が、真っ黒く地面に残されていて、それらがとても異様に見える。それは荒野に残されたブラックホールのようでもある。地面を掘り起こして、土をかぶせて自分の残した形跡をなるべく消す。けれど、それらは容易に消し去れるものではない。
 ゆで卵とチョコレートだけの朝食を素早くとって、歩いて湾の入り口の様子を偵察しにいく事にする。満潮の12時まではまだ時間がある為に、湾内に注ぎ込む水の流れは、とても早い。未だカヤックで航行できるレベルでは決してない。選択肢はふたつ。満潮の時間まで待ち、流れが弱まるそのタイミングで素早くカヤックを通過させるか、もしくはカヤックを担ぎ陸路で湾内に侵入するかである。
 安全なのは、陸路であろう。けれどカヤックそのものと、撮影機材を含めた重量は、25キロはくだらない。道なき道をカヤックを背負って湾内への道を探すのは、考えただけでも手間である。けれど、たとえ満潮時であれ、どうもあの狭く氷塊がひしめき合う湾の入り口の水路を通っていくというアイデアに、僕は馴染めない。それに満潮時には、通路に残された氷塊が、最大浮力を得て動き出すという可能性もある。苦労してでも、カヤックを担いで、陸路でマックブリッジ湾へ入っていく事が得策であるに違いない。一人で荒野を旅しながら、どんな些細なものであれ、自らリスクを犯すのは自殺行為に等しいだろう。
 テントに戻り、停泊させているカヤックを素早く解体する。船布を船体から取り除いて畳む。アルミポールの骨組みを折り畳み、リュックの中に入れていく。それらは80リットルのリュックの中にすっぽりと納まっていく。それにしても、一体なんだろう。この乗り物は。こんな遠くまで、僕を今日まで乗せて来たというのに、今ではリュックにしまわれて、僕に背負われてしまっているのだから。氷河の撮影には、本当に欠かせない道具である。
 時々ぼくは思う。ゴムボートではだめだったのだろうかと。さぞかしそんな旅は楽ちんであったろう。呆れるほどに海をパドルで引っ掻く必要も、全然なし。釣り人の多いアラスカの港では、ゴムボート自体なら中古で安いものを探すのも難しくない。エンジンも1500ドルくらい出せば、程度のよい4ストロークのYAMAHAのものを買えるはずである。
 けれど、ゴムボートで僕は、今まで撮影して来たような氷河の写真が撮れただろうか?粘り強くこの氷河というモチーフとつきあえただろうか?
 答えはきっとノーだ。それらは、カヤックのアプローチでしか、撮れないものばかりであったはずである。 そのスピード、その乗り物のアングル、その乗り物が持つ独自の物語性。 電車で眺める景色と、車で見つめる景色が違うように。自転車でのみ追いかける景色があるように。歩いている時にしか気づかぬものがあるように。 乗り物が異様に発達した現代において、視線とはまさに交通のことそのものでもあるだろう。
 それにしても、とカヤックを背負いながらつぶやく。やはり、氷河という超大なモチーフにカヤックなどで近づいていくこの撮影行為は、落ちぶれた田舎騎士、ドンキホーテ以外の何者でもないと訝る。背負われたカヤックは、ロバのロシナンテであり、僕の手には、見えない槍が握られているに違いないのだ。そしてその見えない槍が、なんだか僕を心丈夫にさせていて、妄想の中で、僕は果敢にも幾多の戦士たちとの戦いを挑み続けているのだ。が、相手はただの風車であるというような。
 だから、とにかくあの全き蒼さに対峙して、己の眼を醒させようではあるまいか。その大自然の深部に眠る蒼さを封じ込めて、かつてゴールドラッシュ時のスタンパーがポケットを砂金で一杯にしたように、ほくそ笑んで帰路につこうではあるまいか。僕は、そして帰り道にこうつぶやくのだ。この大自然は全部、僕の頭の想像から飛び出てしまったものなのだぞ!と。精神は緩やかに目の前の自然たちと結びつき、そこではどんなことだって起こりうるのだ。どんなことだって!と。
 てくてくとカヤックを背負いながら、なかなかに湾内に繋がる道は、見つからない。道なき道を行く事の大変さを、身にしみて感じてしまう。背負われたロシナンテたるカヤックは、やはり重い。既成のトレイルや、人の歩いた道を歩き慣れた僕たちは、ジョン・ミュイアーのように誰も歩いた事のない場所を、獣のように歩いていく事の苦労を決して知る事はない。
 トレイルルート、ゴアテックスに、ファイバーグラス、いつもいつも遠く隔たれるように、僕らは自然から守られている。そしてそのせいで、ときに自然に対する認識を決定的に間違えてたりもするのだろう。やっぱり満潮の時を待ち、緩やかにカヤックで侵入すべきであっただろうか?
 
 自分の決断に自信が持てないまま、しばらく歩き続ける。 何度も行く手を阻まれながら、なんとか湾内の端へ岩場伝いに通じる場所を探し当てる。あたりは、氷塊の墓場のように、大きな氷河が打ち寄せられて、その先には、とうとうマックブリッジ海岸氷河の端っこが見えるではないか!
 背丈以上もある氷塊の隙間を縫うように、湾の中へ入っていき、水辺で再びカヤックを組み立て始める。焦らずにゆっくり組み立てているつもりが、船体ポールのジョイントを組み間違えてしまっている。
 未だ氷壁の端の部分に蒼く光る部分は見当たらない。思ったよりも高さのある、その海岸氷河は、壁の様子から最近に大きな崩落をした様子である。湾内には無数の氷塊が浮かんでおり、その無数の氷塊をかき分けるようにして、カヤックで航行していくのも一苦労である。
 湾内の南側を回るように航行していくと、遠目から、マックブリッジの全体が見渡せるようになる。高さは約10m。幅は、ざっと700mくらいであろうか。見当をつけたように、撮影の為には大き過ぎない「手頃」な海岸氷河であると言っていい。けれど、セスナで視認したときのような蒼いクリスタルのような断面は、もはやどこにも見られない。なんとしたことか、この数日たらずでその断面も瓦解してしまったというのだろうか!なんたることだろうか。茫然自失して、動けない。
 肩を文字通り落として、あたりをしばらく放心して、徘徊する。すると、湾内の中央部分になんとも蒼い固まりが漂っているのが見える。もしや、氷壁から落ちた断片でありはしないだろうか。ひときわその断面だけが蒼く光っているように見えるのだ。今ではマックブリッジ氷河からは切り離されているが、たしかに上空から視認したその固まりは、そこに浮かんでいる。周りの細かい氷塊をかき分けるようにして進みながら、夢中でその蒼い氷河を目指して進んでいく。
 その断片は、やはり眼の覚めるように蒼い。潮の流れのなかで安定しないカヤックの上から、持ちうるフィルムで撮影しまくる。至近距離にある、その蒼い肌理にカヤックの上から大判カメラでピントを合わせるのは、一苦労である。至難の技といっていい。何枚も何枚も持参したフィルムを消費し尽くす。ファインダーを覗いていると、その蒼い固まりに弱い光が差し込んだような気がする。
 撮影が終わると、またかき分けるようにして安全な湾の陸沿いへと戻る。氷塊の間に長居することは禁物である。
 その場で画像を確認できないアナログ撮影では、どんなものが撮れたかどうかは、分からない。ただ、言える事はこれまで数年撮影してきた氷河の中でも、あの固まりはとりわけ蒼かったと。網膜に焼き付くように蒼かったと。その蒼は、どれくらいの時間をかけて圧縮され形成されたものなのか。とにかく自分の人生など及びもつかない時間の中で創られたものであることは間違いがない。
 時間を止めて撮影する写真という所作にとって、氷河はやはり興味深いモチーフである。なぜなら、氷河の蒼が氷の流れという時間の中で、形成されたものである以上、氷河の蒼さは時間そのものを保存して成立している蒼である。だから氷河の場合、蒼の深さが、時間の深さと相まって僕たちの目の前に現出していると言えるだろう。そしてその蒼さの深度に向けてシャッターを切るということは、時間の深度を写真に定着させることと同義なのだ。
 
 カヤックを陸地でもう一度解体した後、テント場へとぼとぼ歩いて戻っていく。野営地であるマイスモールテントに辿り着くと、簡易暗室であるテントを組み立てて、手探りで大判カメラのフィルム処理をする。宿泊用のテントの中で暗室のテントを組み立てる時には、不思議な気持ちになる。三点ポールのテントの中のまたテント。二重室内の全暗室。なんだかその空間構成はピラミッドの内部の王家の墓みたいだなと。
 そして、自分はその中に手を突っ込みながら、墓荒らしでもしているかのように、イメージを保存しているというわけだ。この暗室作業にこそ、やはり撮影をデジタルに移行できない写真の魔術的な要素がある。絵画が指先による神懸かり的な技術の集積だとするならば、写真はやはりいかがわしいマジシャンのような技術である。僕にとっては、取り出したシルクハットから、見事に蒼い鳩が飛び立つかどうか。その事だけが問題なのだ。   
 荒野での一日は今日もまたひとり、暮れていく。夕方には、また火を焼べて、ウィスキーの中で氷河の氷が音を立て始める。疲労と、本物のオンザロックの酔いで、焚き火の前でそのまま寝てしまう。腹が減って夜に眼を覚ますと、時計は未だ11時前である。ようやく辺りは真っ暗である。真夜中に小便をしながら、新月の後の爪痕のような薄い月を、 空に探していた。